いじめ問題・不登校問題の深刻化

日本国内には、いわゆる「社会問題」と呼ばれる諸問題が山積していますが、その中でも、私たち日本人にとっては「国の資本」である「子供」に関係する問題が、近年特に深刻化しているという印象があります。

その中でも、「不登校の問題」や「いじめの問題」は特に、すぐにでもその解決が急がれている大問題へと発展しています。
いじめの問題に関していえば、子供の命にもかかわる問題ですから、その対策が急がれるのは当然ですが、そうした根本的な部分以外でも、大人がコントロールするのが非常に困難であると思われる事象が複雑に絡み合っているのが、いじめ問題であるといえます。

たとえば、自分よりも強い者からのいじめを受けないための防衛策として、自分よりも弱い人間をいじめるという手段を講じなければならないのが、この問題の終止符の糸口がなかなか見いだせない原因になっていたりするのです。
こればかりは、親や学校の先生がいくら指導したところで、子供が自分の身を守るための策を自分で本能的に実行してしまっているという、いわば「いじめ対策システムの脆弱性」ともいえる、「大人と子供の世界観のちがい」という溝をどう埋めるべきか、というところで、親や教育者をはじめとする大人たちがもがき苦しんでいるというのが現状であるといえるはずです。
そして、不登校の問題も、いじめ問題と比肩するレベルで、大きな問題となっています。

いじめ問題の場合、自身よりも他者に問題があるケースが圧倒的に多いですが、しかし不登校の問題の場合、もちろんいじめその他外的な要素が最大の問題になっているという事例も少なくありませんが、どちらかといえば自分やその直近の環境が大きく影響しているという可能性も十分感がられるというところが、非常にやっかいである場合が多いです。
不登校の場合は、必ずしも行政や学校の先生が踏み込むことができないテリトリーで、根本的な問題が起こってしまっていることが少なくありません。

これを、学校や行政といった、いうなれば「不登校の原因とはそもそも関係ない人々」が解決しようとするのには、少々無理があるといわなければなりません。

であるにもかかわらず、不登校の問題が起こってしまうと、あたかも「先生が悪い」とか、「行政が悪い」といった意見が決まって噴出してしまうのも、この問題をややこしくさせている一因であることは間違いありません。
いじめにしろ不登校にしろ、難しい問題ではありますが、私たち日本人全体が立ち向かっていかなければならない大きな問題であることには間違いありません。